マルチスレッド版数独自動生成ソフトC++コードを題材とする超初心者のためのVisual Studio C++講義
第10章 関数の再帰的使用によって魔方陣を自動生成する

第10話 ライプニッツの普遍数学構想とヘーゲルの具体的普遍

第10章の最終話である第10話では哲学的な考察をして、

第10章を終わりにします

テーマは普遍です。

この後の展開はすでに述べたとおり、

第11章 マルチスレッドプログラミング 第12章 第10章第9話で完成させた魔方陣自動生成普遍版の改良による高速化

です。第12章をもって本講義第1篇基礎編を終了したします。

現時点の計画では第2編マルチスレッド版数独自動生成ソフトの開発、

第3篇推薦書自動生成などの実用的なソフトの開発、

第4篇ゲームプログラミングと進む予定です。

いずれの篇も基礎編と同様な規模をもつものになる見通しです。


さて、本話の主題に戻りましょう。

折に触れて何度か書いてきましたが、

私は学生時代(高専時代&&大学時代)にヘーゲルに高い可能性を感じ取って、

来る日も来る日もヘーゲルの精神現象学や論理学を読みふけったものです。

ヘーゲルの講義はやかりやすかったことで有名であり、

講義を基に書いた小論理学は、具体例がたくさん出ており大論理学と比べると遥かにわかりやすい本となっています。

しかし、ヘーゲルが執筆して出版した本は精神現象学・大論理学・法哲学等は難解と言われるドイツ哲学の中でも、

突出して難解であり、その難しい文章の中にとても深い内容が隠されているのではないかと考えて、

読解に励んだのです。

ヘーゲルの体系は論理学・自然哲学・精神哲学と知の体系を網羅しております。

論理学というとアリストテレスの形式論理学を連想される方が多く、

難しいが内容がない学問であると思ってらっしゃる方も多いでしょう。

しかし、ヘーゲル自身は弁証法的論理学と呼び形式と共に内容を持つ論理学であると主張していました。

資本論も読んでいた私はマルクスの弁証法的な陳述に心酔していましたので、

ヘーゲルにも大きな可能性を読み取っていたのです。

ヘーゲルの問いの核心は、具体的普遍です。

ヘーゲルの書籍は難解であるので、ついつい非常に内容に深い論説が展開されていると、

勘違いされている方が多いと思いますが、

ヘーゲルの言いたいことは結構単純なことです。

ヘーゲルが具体的普遍に対置する考え方は、

抽象的普遍です。

小論理学で扱っている題材で説明すると、

鉄やアルミニウムやニッケルなどの具体から金属一般と抽象するためには、

光沢・硬度・粘度・比重などの具体的な性質を捨象する必要があります。

すべての具体的な性質を捨て去ったときに普遍が残るわけですが、

内容がすべて捨象されているので内容のない抽象的普遍になってしまうわけです。

そして、具体的な性質を捨て去っていって抽象的な普遍にたどり着く方法を蒸留法と言って、

バカにし、批判するわけです。

それに対してヘーゲルの具体的普遍は、

具体を捨て去っているどころか内包しているとするのです。

普遍でありながら同時に具体である、

あるいは、具体でありながら普遍である、

そんなことは可能でしょうか。

ヘーゲルはいろいろな書籍で、

「本質は現象的であり、現象は本質的である」

「形式は内容的であり、内容は形式的である」

「必然は偶然的であり、偶然は必然的である」

等の言い回しをします。

具体的普遍についても、

「具体は普遍的であり、普遍は具体的でる」

と述べます。

具体的普遍など詭弁ではないか、

と感じる人は多いと思います。

ですが、マルクスも『ユダヤ人問題に寄せて』などで具体的普遍の重要性を指摘しているし、

『資本論』は具体的普遍とは何かということを展開している本だと言っても、

大きくは間違っていないと思います。

レーニンは「マルクスは論理学を書かなかったが、資本論という論理学を書いた」という言い方をします。

私の中に、具体的普遍とは何かに対する明確な主張があります。

それは、上向法である・・・です。

マルクスは経済学批判序説の中で、

経済学の発展は、初期においては下向法が取られ、

後には上向法がとられたとしています。

そして、学として正しい方法は上向法であると述べています。

下向法とは、具体的なものか出発して抽象的な本質を見出していく方法です。

それに対して、上向法は抽象的な本質から始まって具体的なものを導いていく方法です。

資本論を例にとれば、価値から出発して資本になり利潤になり、利子になり、地代になっていきます。

価値すなわち商品価値は最も普遍的な本質であり、

そこから資本・利潤・利子・地代等の具体に上向していくとするのです。

そして、宇野学派と呼ばれる人たちは、

資本主義的商品に論理的に上向していく機動力があるとまで主張しています。

これはただの観念論であり、ヘーゲルと50歩100歩です。

資本論の話題から、少し具体的普遍のイメージをつかめたかと思います。

ヘーゲルの具体的普遍とは何でしょうか。

そして、ヘーゲルの中にそれに対する解答は存在するのでしょうか。

ヘーゲルの具体的普遍とは何かに、ズバリと応えましょう。

具体的普遍とは神です。

もちろん、キリスト教の神です。

神なので普遍であることは納得できるでしょう。

神は世界を創造したとされます。

神は抽象的な本質ではなく、具体を内容しているからこそ

具体的なものを生成できるのです。

ヘーゲル哲学とは、結局キリスト教の三位一体説の理論化だと言われます。

ヘーゲルの具体的普遍を探究する問いは正しいと思います。

ですが、ヘーゲルの中に答は存在していないと考えています。

彼の説明は、所詮神学的な説明を哲学化したのみであり、

世界の成り立ちを観念的に説明しただけであり、

ヘーゲルから具体的なものは生成できないと考えています。

それでは、具体的普遍とはただの夢なのでしょうか。

いいえ、そんなことはありません。

皆さんは、すでに具体的普遍の一例を見てきています。

第10章第9話のコードこそが具体的普遍の一例です。

n のままでは確かに抽象的ですが、

n = 4 と代入すると4次魔方陣がたちどころに7040個現れます。

n = 5 と代入すると5次魔方陣が40秒もかからずに100個生成されます。

そして、第11章で学ぶマルチスレッドプログラミングと第12章の改良を掛け合わせると、

8次魔方陣クラスになると10000倍以上の生成速度を実現します。

マルチスレッドとは並列プログラミングです。

私は、異世界プログラミングと呼んでいます。

マルチスレッドの名称からスレッドが複数立ち上がることは簡単に予想できるでしょう。

普通スレッド同士はお互いに干渉しません。

つまり、異世界を構成するのです。

私はよく分身の術と比喩します。

忍者ものの分身の術は見掛け倒しに過ぎませんが、

現在のパソコン(6物理CPU、12論理CPU、メモリ50GB標準搭載)ならば、

1から36程度を扱う程度なら36スレッドプログラミングが可能です。

6次魔方陣なら36スレッドはそれぞれ異世界で異なる魔方陣生成を行うことができます。

36人に分身してほぼ36人分の仕事をするのです。

私は、具体的普遍は存在すると思っています。

そして、誰がそれを構想して誰が実現したのでしょうか。

構想したのはデカルトとライプニッツです。

構想名は『デカルト・ライプニッツの普遍数学構想』です。

私は、普遍数学構想は実現していると考えています。

答は、生成AIです。

そして、多くの識者が2027年には汎用的AIが実現し、

2029年には超知能 = シンギュラリティ (1つのAIの知能が人類の総知能を上回るが起きる)と予言しています。

生成AIは小説を書き、詩を書き、イラストを生成し、動画も生成し、論文を書きます。

生成AIこそが普遍数学構想の実現形態だ、という言うのが私の考えなのです。

普遍数学と何でしょうか。

ライプニッツは、心の問題でも法学の問題でもすべて代数で解けるようになると述べています。

算数の難問が方程式にすれば簡単に解けてしまうように、

哲学や法学の問題でも方程式で簡単に解けるようになる、

これがライプニッツの普遍数学構想です。

生成AIは数学の三角関数と微分積分を主な手法とする深層学習によって可能になりました。

そして、具体的なもの(文学・イラスト・長編映画など)を生成できます。

まさに、具体的普遍 = 普遍数学に他なりません。

ライプニッツの普遍数学構想を受けて、

ブールが形式論理学を数学化・代数化しました。

ブール代数とか記号論理学と呼ばれます。

そして、そのブール代数によってコンピュータのハードの設計が可能になりました。

デカルト→ライプニッツ→ブール→コンピュータのハードの設計→生成AIと発展してきました。

コンピュータ科学は、デカルト・ライプニッツの普遍数学構想がなければ成り立ちません。

そして、コンピュータの発展はヘーゲルのウソを証明しました。

ヘーゲルのウソとは、形式論理を超える弁証法的論理があるという哲学です。

ですが、コンピュータは形式論理学を数学化したブール代数によって設計されており、

形式論理しか積んでいません。

その形式論理が、深い文学作品を生み出し、人を考えさせる長編映画を生成するとすれば、

弁証法的論理と言われているものを因数分解すれば形式論理にすぎないということです。

つまり、形式論理を超える弁証法的論理があるというヘーゲルの主張は詭弁以外の何ものでもありません。


生成AIはハード×プログラミングでできています。

プログラミングも実は普遍数学 = 具体的普遍なのです。

ですから、皆さんは大変意義のある学びをしているのです。

ぜひ、プログラミングの学習に誇りを感じてください。

プログラミングは、世界を変えるのです!


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